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徳島地方裁判所 昭和47年(行ク)8号 決定

申立人

浜本多恵子

代理人

藤原充子

外一名

被申立人

徳島大学学長

北村義男

代理人

川井重男

外三名

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一当事者双方の申立て

一  申立人

(一)  被申立人が、申立人に対して昭和四七年三月二三日付でした徳島大学大学院医学研究科博士課程在学期間延長申請に対する不許可処分の効力は、当庁昭和四七年(行ウ)第二号行政処分取消請求事件の本案判決が確定するまで停止する。

(二)  申立費用は被申立人の負担とする。

二  被申立人

主文同旨。

第二申立人の申立理由の要旨

一  (申立人の身分と被申立人の不許可処分)

申立人は、昭和四二年四月徳島大学大学院医学研究科博士課程に入学し、その後、大学院学則所定の最短在学年限である四年を経過した昭和四六年四月一日以降も在学期間の延長を許可され、なおその身分を継続している徳島大学大学院学生(以下便宜上院生と略称する)であるが、昭和四七年三月一五日被申立人に対しさらに昭和四八年三月三一日までの在学期間延長の申請をしていたところ、被申立人は同四七年三月二三日被申立大学大学院医学研究科委員会の議を経た上、右申立を許可しない旨決定し、翌二四日その旨申立人に告知された。

二、 (本件不許可処分の違法性)

しかし、右不許可処分は、つぎの理由により、無効または取消されるべき瑕疵がある。すなわち、

(一)  徳島大学大学院学則(以下単に学則と略称する。)二〇条二項によると、博士課程の最短在学年限は四年とする。ただし、特別の事情がある場合はさらに四年を限り在学を許可することがある。」旨規定されている。しかして、右規定の趣旨は、院生の最短在学年限は一応は四年ではあるが、もし、右期間内に未だ必要単位の修得、博士論文作成ができず、かつ最終試験に合格しない場合には、さらに四年間当然に院生としての身分を保有できることを定めたものであり、ここに「許可」というのも、行政法上の許可または認可とは性質を異にし、単に、手続上身分確認のために行われるものである。したがつて、院生は、退学除籍等の特別の理由がないかぎり八年間はその身分を剥奪されることはないわけである。よつて、本件不許可処分には、明白重大な瑕疵があり当然無効である。

(二)  仮りに然らずとしても、本件不許可処分には処分理由が存在しない。すなわち、被申立人は不許可の理由として、(1)申立人がした許可申請の保証人である同大学文部教官山本光代は保証人として不適当であること、及び、(2)申立人に成業の見込みがないこと、の二点をあげているが、文部教官である山本光代に保証人として不適当な事情はまつたく認められず、かつ申立人は博士課程履修科目中二単位のみを残し他の科目の単位はすべて修得し、目下博士論文作成のため研究中であるから成業の見込みなしとはいえない。しかして、右処分理由の不存在は明白かつ重大であるから、右不許可処分は無効である。

(三)  仮りに然らずとしても、本件不許可処分は、学校教育法六五条、憲法一四条、二三条、二六条に違反し、著しく教育目的を逸脱したものであり、権利濫用の違法があるから取消されるべきである。すなわち、

(イ) 本件不許可処分は、申立人のため保証人となつた文部教官山本光代がいわゆる徳大斗争の結果停職六か月の懲戒処分をうけたものであり、申立人も学内斗争の活動家であつて、右山本光代のため結成せられた「山本光代を守る会」の一員であることなどから、これら一連の学内斗争を嫌悪しその報復手段としてなされたことは明らかであるから、思想信条にもとづき差別をした不利益処分であつて、憲法一四条に違反する。

(ロ) 本件不許可処分は実質的には退学処分であつて、教育を受ける権利ないし学問の自由を侵害するものである。

大学院は、学術の理論および応用を教授研究し、その深奥をきわめて、文化の進展に寄与することを目的とするものであるから(学校教育法六五条)、在学期間の延長許否の判断もこの教育目的にそつてなされるべきであるのに本件不許可処分はこれをまつたく無視し、教育目的を逸脱したものであり権利濫用の違法がある。

三、(申立人の蒙る損害と損害の回復を求める必要性)

申立人は、本件不許可処分の結果、昭和四七年四月一日以降大学院研究室への入室を拒否され、研究テーマである行動薬理実験「D―サイクロセリンの行動異常催起薬としての検討」を中断せざるを得ない。申立人は、基礎薬理研究者として生きることを目的とするものであつて臨床医に転向する意思はないから、本大学院院生として右研究を続行する以外に道がない。しかるに、実質的には退学処分に匹敵する本件不許可処分により、右院生としての権利を不当に侵害されるだけでなく、著しく研究の遅れを招くことになり、これを回復することは極めて困難であり、これにより申立人が社会的・経済的に重大な損害をうけることは明白である。

四、 (本件不許可処分の執行停止を求める利益)

本件不許可処分は、いわゆる拒否処分ではない。すなわち、院生は最短在学年限(四年)が到来した場合、何ら特別の許可がなくても当然さらに四年間在学できその身分を保有できること前記二(一)記載のとおりであるから、本件不許可処分の執行が停止されれば申立人の申請状態が維持される結果、適法な許否処分あるまでの間(それを解除条件として)何らの作為もしくは積極的な処分がなくても院生としての地位を当然存続することができる。換言すると、院生は最長在学年限八年間を与えられているのであつて、ただ授業料徴収等手続面の関係で、一年毎に在学期間延長願いを義務付けているにすぎないから、それを受理しない処分(不許可処分)がなされることによつてその後は身分の継続が禁止されるにすぎないものと解すべきである。

そうすると、本件不許可処分の効力の執行停止は、その不許可処分によつて生じた院生の身分の継続禁止の措置を解除する処分に他ならないから、申立人は、これにより院生の身分を回復することができるから本件申立ては法的利益のあること明らかである。

第三被申立人の意見の要旨

一、(認否)

(一)  申請理由第一記載の事実は認める。

(二)  同第二項(一)の事実中、同大学院学則二〇条二項に申立人主張のような規定が存することは認めるが、右規定が申立人主張のような趣旨、すなわち四年以内に必要な単位の修得および博士論文を作成のうえ最終試験に合格しない場合にさらに四年間院生の身分を当然保有しうる趣旨であるとの点は争う。

(三)  同第(二)の事実中、本件不許可処分の理由中に「成業の見込みなし」との理由があること、及び申立人の単位修得状況が申立人主張のとおりであることは認めるが、保証人不適当を処分理由とした事実はない。また、申立人が目下博士論文作成のため研究中であることは知らない。

(四)  その余の主張事実はすべて争う。

二、(本件執行停止申立利益の不存在)

徳島大学大学院学則二〇条二項によると、医学部研究科博士課程における院生の在学年限は一応四年と定められ、同期間の経過により当然在学年限は満了し院生の身分を失うのであつて、ただ、特別の事情が認められる場合に限り学長が当該院生に対しその人的事情その他大学院の施設の状況、指導教官の事情その他大学院施設の管理運営上の一切の事情を勘案し、明らかに成業の見込みのある学生に対し、年限を限つて在学延長を許可することがあるにすぎない。

したがつて、院生の身分は前記条項但書による特別の許可がないかぎり、在学年限満了により当然喪失するから、今、仮りに本件不許可処分の執行が停止されたとしても、それにより、院生の身分を取得するものではなく、単に不許可処分がなされる以前の法律状態に立ちかえるにとどまり、申立人としては、在学延長の許可がないまま、在学期間を満了したという状態にあることには変りがない。そうすると、本件申立はその利益がない。

三、(本案についての主張)

(一)  被申立人が申立人の申請に応じ在学期間を延長しても申立人には成業の見込みがない。

申立人は、所定在学年限をさらに一年延長され、すでに五年間を経過したにもかかわらず、いまだ学位論文作成に着手しておらず、そのために必要な諸データーを得るための実験継続中であるにすぎないばかりか、論文提出の前提となるべき必要科目の単位すら取得していない状態で、このような事例はかつて皆無である。しかも、右遅延について何ら特別の理由とされるものは見当らず、また従前の履修態度等からみて今後ある程度在学期間を延長したとしても、所定の研究を修了し履修を終る見込みはない。

(二)  被申立人が本件不許可処分にあたり、成業の見込みなしと判断するに至つた事情の一つとして、申立人が、その研究科目とは全く関係のない講座に属し、かつ現に懲戒処分により停職中の山本光代助手を保証人にたてたり、直接指導をうける研究室の倉本昌明教授など他に適切な保証人がいることを指摘されながらこれを拒んだことを考慮に入れて申立人に研究勉学の意欲がないと判断したことは争わないが、申立人に対する報復手段として本件不許可処分をしたとの点は事実に反する。

(三)  申立人は、現在の実験薬理の研究の中断をもつて回復困難な損害であると主張するが、右中断があるとしても、これは不許可処分に当然にともなう遅延にすぎず、これが直ちに行政処分の執行を停止する理由としての回復困難な損害ということはできない。すなわち、右研究中断による遅延があるとしても、これは後日の努力により十分回復できるものであり、また、申立人のこれまでの研究データーは後日その利用が可能な性質のものであり、かつ、右研究は共同研究者である同研究室石村泰子助手によつて継続されている。また、申立人主張の基礎薬理の研究は、申立人が専攻生、研究副手としても継続できるものであつて、かならずしも院生として研究室に入らないとできない性質のものではない。

四、(結論)

以上のとおり、本件執行停止申立てはその利益を欠くか然らずとしても本案上の理由がない。

第四当裁判所の判断

一、疎明資料によれば、申立人主張一の事実、すなわち、申立人が少くとも昭和四七年三月三一日まで徳島大学大学院医学研究科博士課程の大学院生であつたこと、及び申立人がその主張のような在学期間延長申請をしたところ、被申立人はその許可をしない旨申立人に通知したことが疎明せられる。

二、申立人の本件申立は右許可をしないこととした処分の効力の停止を求めるものであるから、その適否について検討する。

(一)  まず、被申立人のした本件在学期間延長申請不許可処分(正確には許可をしない旨を明らかにした申請却下処分と考えられる)は、申立人の国立徳島大学大学院(医学研究科博士課程)の院生たる地位を喪失せしめるものであり、その限りにおいて一般市民法上の地位または権利に直接かかわるものであつて、単に大学院生の院生たる地位に基づいて発生する当該大学院内における権利義務の得喪に留まる処分ではないから、その在学関係の法的性質をどのように解するかにかかわりなく、これを違法として抗告訴訟を提起すること(従つて、これに伴い、当該処分の執行停止を申立てること)は適法である。また、仮りに大学の機関の行う処分がいわゆる大学の自治によりその裁量に任されている部分が存するとしても、そのことの故に、処分の適法性の存否がすべて裁判所の審査の外にあるものではないこともちろんである。

(二) そこで、次に、本件執行停止申立の利益について考える。

一般に、行政処分の効力の執行停止といつても、不許可処分(いわゆる拒否処分)の場合は、それが決定によつて一時暫定的にその効力を停止されたとしても、それによつて、直ちに許可があつたことになるわけではなく、単に許可申請をした状態が回復されるにとどまるのであるから(司法判断の消極的機能)、申請拒否処分の執行停止の申立の当否については、右執行停止によつて果して申立人が具体的に如何なる法的利益を具有するにいたるか(すなわち、許可申請をなしたが、未だ処分のない状態に回復されることによつて如何なる法的利益を取得するか)を関係法規に照らし検討する必要がある。

これを本件についてみるに、申立人も医学研究科博士課程大学院生としてその適用を受け、被申立人も本件不許可処分の根拠とした徳島大学大学院学則二〇条二項によれば、同大学大学院では院生の在学年限について「博士課程の最短在学年限は、三年(医学研究科にあつては四年)とする。ただし、特別の事情がある場合は、更に三年(医学研究科にあつては四年)を限り在学を許可することがある。」旨定めており、他に不許可の場合の当該院生の身分について、暫定的にせよ、明文の定めはないことが明らかである(疎甲第九号証二一頁、疎乙第一号証)。しかして、右規定の趣旨は、徳島大学大学院では院生の在学年限を原則として四年間とし(申立人の場合)、ただ、大学院の特殊性に鑑み特別の事情がある場合は例外的に四年を限り(申立人の場合)延長を許可する旨定めたものであり、この場合もし許可処分がなければ、在学年限は原則どおり四年間であつて、四年の経過により院生の身分は当然失われる建前であると解すべきである。

申立人は、院生の身分は、前記大学院規則により、特別の許可がなくても八年間は当然その身分を保有できるのが原則であり、在学期間延長申請は授業料の支払い等専ら手続上の要請から身分確認のために行われるもので、実質は届出の性質を有するものであり、それ故、申請許可の性質も確認的なものにすぎないから、いま不許可処分の効力が停止されれば、申立人としてはあらためて、被申立人の許可処分をまつまでもなくそれを解除条件として、延長申請(届出)自体により院生たる身分を回復することができる旨主張するが、明文に反し、また、他にこのように解するのを相当とする手がかりとなるような規定もないから、右主張は採用できない(申立人の言う徳島大学(学部)学則一四条、二八条の規定も、必らずしも右判断を覆えすものとは言えない)。

そうすると、いま申立人の本件申立てを認容したとしても、申立人はその意図するように当然には院生の身分を回復継続することにはならず、ただ不許可処分がなされなかつたと同じ状態、すなわち、申立人の在学期間延長申請がなされた状態に戻るにすぎない。申立人が本件不許可処分によつて蒙る回復困難な損害として主張する事情は、ひつきよう、不許可処分の執行停止により院生の身分が回復することを前提とするものであるから、右前提を欠くかぎり、もはや執行停止申立の利益を欠くものであり、他に申立人には特に本件不許可処分の執行停止により受けるべき法的利益は見当らない。

(三)  してみると、申立人の本件申立ては、その利益を欠く不適法なものであり、その余の点について判断するまでもなく却下を免れない。

三、よつて本件申立を却下し、申立費用の負担について民訴法八九条を準用して主文のとおり決定する。

(畑郁夫 葛原忠知 宮崎惟子)

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